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三ツ矢サイダー 200ml [アサヒ]

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三ツ矢サイダー 200mlボトルです。

三ツ矢サイダーを初めとしたサイダー各社は
長らく340ml瓶を流通させていましたが、
消費形態が家族→個人に移行したことにより
1980年代になり200ml瓶の発売を開始しました。

ライバルのキリンレモンが
キリンレモンクレールとして200ml瓶を発売したのもこの頃です。

この200ml瓶は現在も業務用を中心に広く流通しており
三ツ矢サイダーとしては唯一瓶入りで流通しています。

【三ツ矢サイダー 200ml 静岡沼津市にて入手】

三ツ矢サイダー 340ml 1972年〜 [アサヒ]

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アサヒビール 340ml 1972年〜のボトルです。

1972年より流通していた瓶で、
ラベル貼り工程の省略と、他社への流出を防ぐことを目的として
完全印刷された瓶になりました。

引き続き340mlの容量で家庭向けに出荷されていましたが
消費形態の変化(酒屋にケース単位で注文しなくなり、
1本ずつ個人で購入する時代になった)ことで
次第に200ml瓶や缶に主役の座を奪われていきました。

1999年頃までは生産されていたようですが、
その後はぱったりと姿を見かけなくなってしまいました。

【三ツ矢サイダー 340ml 1972年〜 静岡沼津市にて入手】

三ツ矢サイダー 340ml 1960年代〜1972年 [アサヒ]

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三ツ矢サイダー 340ml 1960年代〜1972年のボトルです。

初代と比較して、エンボス加工のデザイン
三ツ矢マークから「三ツ矢サイダー」という文字に変更になりました。

日本を代表するサイダーとして大量に生産された瓶で、
1960年頃〜1972年まで広く流通していました。
アサヒビールの酒販店ルートを活用し、
ケース単位で各家庭に酒屋が宅配していました。
当時は「個人で飲む」というよりは「家族みんなで飲む」ことが主流で
340mlという少し大きめの容量もそれを反映しています。

当時は胴部分に黄色い地に赤い三ツ矢マークを配したラベルを貼っていましたが
このデザインを真似たラベルや名前を似せたラベル(三ツ輪サイダー等)の
サイダーが当時は大量に出回っていました。
しかし大らかだった当時は、特にアサヒ側もお咎めはしなかったようです。

また、この瓶は大量に作られたために
全国に存在した零細サイダーメーカーに流出し、
各メーカーが自分のブランドのラベルを貼って出荷していました。
中には「三ツ矢サイダー」というエンボス文字をご丁寧に削って
完全に自社瓶にして出荷していたメーカーもあったようです。

現在でもわずかながらにこういった手法でサイダーを生産している業者が
地方にはいくつか残っていますが
いずれも高齢化と瓶の回収困難により生産を継続するのが難しくなっているようです。
そもそも、1960年代の瓶が現在も現役で流通していること自体がすごいことです。

【三ツ矢サイダー 340ml 1960年代〜1972年 静岡県沼津市にて入手】

三ツ矢サイダー 340ml 1950年代 三ツ矢マーク入り [アサヒ]

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三ツ矢サイダー 340ml 1950年代 三ツ矢マーク入のボトルです。

言わずと知れた老舗ブランドです。
三ツ矢サイダーは、兵庫県川西市に存在した平野鉱泉を用いて
かつての宮内省が「三ツ矢平野水」という名で製造をしたのが始まりです。
平安時代、源満仲が住吉大社のお告げに従い
3本の矢を放ったところ、この平野の地に刺さり城を建てたことが
三ツ矢サイダーという名の由来です。

その後、大日本麦酒の販売となり、
戦後に大日本麦酒がアサヒビールニッポンビール(現:サッポロビール)に
分割された際、三ツ矢サイダーはアサヒビールに継承されて現在に至ります。

この瓶の特徴は三本の矢のおなじみの「三ツ矢マーク」が
エンボス加工で刻印されているのが特徴です。
当時は紙ラベルが胴部分に貼られて出荷されていました。
1950年代に製造されていた瓶で、画像の瓶は1957年製です。

【三ツ矢サイダー 340ml 1950年代 三ツ矢マーク入り 静岡沼津市にて入手】





ウィルキンソンジンジャエール 190ml [アサヒ]

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ウィルキンソンジンジャエール 190mlボトルです。

知る人ぞ知るジンジャエールです。
日本国内のジンジャエールのブランドといえば
コカ・コーラ社の展開する「カナダドライ」が有名ですが
バー等をはじめとした飲食店ではもっぱら「ウィルキンソン」が
好まれているようです。

飲めばわかりますが、生姜の辛さがガツンと来る、
辛口の味わいに仕上がっています。
そこが通を惹き付けてやまない理由なのでしょう。

100年の歴史を誇るウィルキンソンブランドですが、
れっきとした国内発祥のブランドです。
「ウィルキンソンタンサン」のページでも書きましたが、
英国のウィルキンソン氏が兵庫県有馬にて炭酸鉱泉を発見し
炭酸飲料工場を作ったことがその始まりです。

業務用の出荷が主だったため、あまり馴染みはありませんが
2007年に「ウィルキンソンジンジャエール」が缶入りで
一度だけ自販機で市販されたことがあります。

今では再び業務用の出荷がメインとなっていますが
オシャレな飲み屋なんかで見かける機会は多いはずです。

【ウィルキンソンジンジャエール 190ml 静岡沼津市にて入手】


ウィルキンソンタンサン300ml [アサヒ]

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ウィルキンソンタンサン300mlボトルです。

現在では流通していないサイズのため、
詳細についてはよくわかりませんが
1980年代初頭に出回った瓶と思われます。
業務用のブランドのため、他の飲料に比べて
極端に情報量が少ないのです・・・。

瓶の下部の表記が「ウィルキンソン」となっていることから
販売権がアサヒに移管される1983年より前の瓶であることがわかります。

【ウィルキンソンタンサン300ml 埼玉県日高市にて入手】

ウィルキンソンタンサン190ml [アサヒ]

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ウィルキンソンタンサン190mlボトルです。

ウィルキンソンタンサンは、1890年に発売された由緒ある炭酸飲料である。
クリフォード・ウィルキンソンという人物が兵庫県で炭酸鉱泉を発見し、
それを「仁王印ウォーター」と名付けて発売したのが始まりである。

その後、ウィルキンソン社はこのウィルキンソンタンサンをはじめとして
バヤリースオレンジやジンジャエール等の販売も手がけたが
1983年に製造・販売ともにアサヒビール(現:アサヒ飲料)に権利を移管している。
以来、アサヒにウィルキンソンブランドは継承され、現在に至っている。

純粋な炭酸水のため、主にお酒を割るために用いられる。
そのため、飲食店等の業務用の出荷が主なので
あまり一般の人の目に触れる機会は少なかった。
しかし近年、コンビニ等での販売が開始され
一般消費者にも深く浸透するブランドとなった。
また、ユニクロともコラボし、ウィルキンソンロゴの
Tシャツも販売されている(2012年現在)。

【ウィルキンソンタンサン190ml 静岡富士市にて入手】

バヤリースオレンジ500ml [アサヒ]

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バヤリースオレンジ500mlボトルです。

バヤリースにも、500mlの大型ボトルが存在しました。
瓶下部の表記がWILKINSONとなっていることから
1970年代後半〜1980年代初頭にかけて流通したものと思われます。

バヤリースはもともと進駐軍用として日本に入ってきましたが
進駐軍が特に多かった沖縄では独自の進化を遂げ
本土のウィルキンソン/アサヒビールとは異なり
「沖縄バヤリース」という会社が現在も販売を行なっています。
そのため、一部にデザインの異なる瓶が存在しています。
500ml瓶も、本土では写真のように栓がスクリューキャップですが、
沖縄では王冠のタイプが出回っていたようです。

【バヤリースオレンジ500ml 群馬県前橋市にて入手】

バヤリースオレンジ200ml [アサヒ]

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バヤリースオレンジ200mlボトルです。

説明するまでもない、日本におけるオレンジ果汁飲料のトップブランドです。
もともとはアメリカフランク・バヤリー氏が開発した飲料で、
日本には戦後すぐに進駐軍向けに持ち込まれ、
間もなくウィルキンソン社にて製造が開始されました。

その後、1980年に販売権がアサヒビールに移り、現在に至ります。
業務用に出荷されている瓶入りのオレンジ果汁飲料の大半はバヤリース、
と言っても過言ではないほどに、この分野では一大勢力を築いています。

写真の瓶は、下部に「WILKINSON」の文字があることから
1980年以前の古い瓶であることがわかります(恐らく1970年代前半)。
現在の瓶はデザインも同じですが、この部分が「ASAHI」になっています。

ちなみに本家のアメリカではバヤリースの販売は1960年代に終了しており
現在では日本とタイのみで生産されているようです。

【バヤリースオレンジ200ml 静岡県沼津市にて入手】
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